2013年05月01日

成長

今朝、5歳になったばかりの一人娘といっしょに、歩いて保育園まで行った。

道中、はしゃいで元気いっぱいに走り回る娘。そうしている間に転倒し、尻餅をついた。よほど痛かったのか、大きな声を張り上げ、目から大粒の涙をポロポロとこぼして泣いた。

私は娘に近づいて抱き上げ、いつものように頭を撫でながら声をかけた。
なんてことはない、いつもの光景。しかしこのとき突然、何とも言いがたい寂しさを胸中に感じた。

もしかしたら今後、このように泣きじゃくる娘をもう見る機会がなくなるのではないか、そう思ったのだ。

泣き顔は子供を象徴する表情の一つだと思う。顔を大きく歪め、一心不乱に泣く。
親として、そこに子供の成長を求める一方、いつまでもその子供らしさに触れていたい、と思う気持ちもある。

今この瞬間に存在するこの子には、もう二度と会えないんだ。
そう思うと今というこの瞬間がとても大切なものに感じる。

そしてそれは子供だけじゃなく、親しい誰かと過ごしている時間、瞬間でさえ、とても大切なものなんだと気づかされる。

そんなことをいつも娘から教わっている。

----------

そのあと私は、娘を抱えたままバイパス下の薄暗い橋の下を通り抜け、明るい日差しの中に出た。
娘はもう泣いてはいなかった。するりと私の腕の中から飛び出し、再び元気いっぱいに走り始めた。

2009年05月21日

GmailのTaskは便利すぎる

凄まじく便利な機能を次々追加してくれているGmail Labsですが、待望のにTask機能(日本語ではToDoリストと表示)が追加されました。以前から確かTodoリストとしてLabsにあったとは思うのですが、GoogleCalendarやGmail内のメールとの関連づけが出来るようになり、またiPhoneからもアクセスできる機能もあって自分的には、ほぼ最強のタスク管理ツールとなりました。

以前はGoogle Labs自体が日本語環境では使えなかったり、英語環境で出来ることが数ヶ月待たないと日本語環境で使用できなかったのですが、最近はGoogleJapanが頑張っているのか知らないけど対応が早いです。ほとんど同時に日本語も対応しているように感じます。

このおかげで今まで使っていたRemember The Milk for Gmailを削除して、仕事のメールが入ったらさくっと「その他の操作」から「ToDoリストに追加」を選んで期日設定するだけで簡単に仕事のスケジュール管理ができます。その他にも一般的なタスク管理・ToDoリストとしての機能は備わっているので、もう何もいうことはありません。

2009年01月22日

娘が9ヶ月になった

娘の晴子が今月17日で9ヶ月になった。半年過ぎから人見知りが始まって少し落ち着いてきた感があるけどまだまだ知らない人に会うと泣き出す。娘の持つパーソナルゾーンに足を踏み入れると顔を歪め、下唇を突き出して「びぃぃぇええ...」と泣き出す。まだ寝返りもうてないくせに「はいはい」をマスターするという少し変わった成長過程。

そこいらにあるものを片っ端から口に含んで遊ぶ。無造作におもちゃを「ぐわし」と小さな吸盤のようにしっとりした手で掴んで、掴んだものを「ちらっ」と見ることさえせずにおもむろに口に放り込む。そういう仕草全てがギャグに見える。時折こいつはおれを笑わそうとわざとこんな動きをしてるんじゃないかと思うくらい。

なんてか弱い生き物だろうと思う。他の動物ならもう自分で獲物を捕ったり出来そうなのに、人間の赤ん坊は1年経っても生きていくための活動は何も出来ない。これは野生じゃ生き残れないだろJK。だから余計に愛しく感じるのかもしれないな。

ほんの9ヶ月前には居なかった存在の娘が、今ではあたりまえのように家にいる。おそらく自分が死ぬまで付き合うことになるだろう。家を仕事場にしているため、娘の世話に多くの時間を割いている。でもその時間を無駄と思ったことはない。いつのまにか「娘と過ごす時間が無駄だとすれば、この世の他のどんな時間に意味があるんだろう」と思うくらいの存在になっていた。

2009年01月07日

今年の抱負


写真は昨年末アットさんに呼んでいただいた忘年会でのビンゴゲームでゲットした「冬ソナのスタンドライト」と「歩くリラックマ」。ちなみにリラックマは娘に大ウケ。

あけましておめでとうございます。

今年の抱負を正月に書こうと思ってたらもう7日ですか、そうですか、この月日の経過スピードではボーッとしてると気付いたら死んでますね。あっという間の一年なので今年こそは何かを有言実行したいと思います。

今年の抱負:ジムに一年間通って体を鍛える

体を鍛えること、自営業には必須かもしれない。数年前にジムに通っていたのですがあえなく挫折。その頃はまだタバコとか吸っていたので今とはまた状況が違うかもしれませんが、年末に非常に刺激を受けたので早速ジムに入会手続きしてきました。その刺激というのは、仕事でお世話になっている方でジムに通っておられる方がいて、その人に久しぶりにお会いしたときに感じた体つきの変化に驚いたからです。

聞くと1年ほど前から鍛えてるらしくて体だけでなく顔つきも変わっていたのが驚きました。偶然にも昨年度ネットで有名?だった本「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか」を読んでいたこともあってトレーニング頻度や時間まで興味深く聞いてしまいました。

この本ではトレーナーの視点からジムへ通う人へ、いろいろなアドバイスや筋トレがもたらす効果など書いてるわけですが、著者が一番伝えたいことは「いかにしてトレーニング続けることが出来るか」ということだと本書を読んで個人的に感じました。まぁ何もしなければ楽なのにわざわざお金払って肉体を苦しめるわけですから、そこで「何やってんだろ、俺」と考えるとモチベーションは下降し始めます。

何度もそこで己との戦いが始まるわけで、最強の敵である自分と戦っては返り討ちにあっている自分としては今年こそ己を打ち負かしてやりたいと思っています。願わくば来年までこの記事が削除されていないよう、やるぞ~。

2008年10月23日

タバコ

ゆら〜りと薄紫色の煙を漂わせその隙間からぼんやりと向こうを眺める。そしてその先にはたいてい自分の好きなものがある。それは好きな人だったり、冗談だったり、風景だったり、歌だったり、漫画だったり、ゲームだったりとあらゆるお気に入りの日常がある。

そんな時間を長い間過ごしてきた僕にとってはタバコを止めることは自分の体の一部を切り離すような、大げさではなく長い間一緒に過ごしてきた恋人と別れるような感覚だった。無意識に、ふと手を伸ばせばいつもそこにあるはずの何かが突然消え失せたような生活が始まった。

人間の吸うという原始的な欲求を、くわえタバコが満たしてくれていたせいなのだろうか。その何かが唇に残る感覚などはとても心の深い部分に残っている気がする。止めて3年経った現在もふと吸ってみたいと思うときがある。その欲求はすぐ消えていく気まぐれのようなものだけど、確実にまだ心のどこかに残っていて忘れないでおくれとささやいている。

いずれ年老いて死を迎えるときに再びタバコを吸い始めようと思っている。ぽかぽかと日の当たる縁側で、長いキセルから煙を昇らせ、その煙の隙間からかつてのようにぼんやりと好きな対象を眺めたい。その時その先に見える物は何だろう。今はその時が来るまでの長い長い禁煙生活なのかもしれない。

SEARCH THIS BLOG

RECENT ENTRY

CATEGORY

ARCHIVES