2013年05月01日

成長

今朝、5歳になったばかりの一人娘といっしょに、歩いて保育園まで行った。

道中、はしゃいで元気いっぱいに走り回る娘。そうしている間に転倒し、尻餅をついた。よほど痛かったのか、大きな声を張り上げ、目から大粒の涙をポロポロとこぼして泣いた。

私は娘に近づいて抱き上げ、いつものように頭を撫でながら声をかけた。
なんてことはない、いつもの光景。しかしこのとき突然、何とも言いがたい寂しさを胸中に感じた。

もしかしたら今後、このように泣きじゃくる娘をもう見る機会がなくなるのではないか、そう思ったのだ。

泣き顔は子供を象徴する表情の一つだと思う。顔を大きく歪め、一心不乱に泣く。
親として、そこに子供の成長を求める一方、いつまでもその子供らしさに触れていたい、と思う気持ちもある。

今この瞬間に存在するこの子には、もう二度と会えないんだ。
そう思うと今というこの瞬間がとても大切なものに感じる。

そしてそれは子供だけじゃなく、親しい誰かと過ごしている時間、瞬間でさえ、とても大切なものなんだと気づかされる。

そんなことをいつも娘から教わっている。

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そのあと私は、娘を抱えたままバイパス下の薄暗い橋の下を通り抜け、明るい日差しの中に出た。
娘はもう泣いてはいなかった。するりと私の腕の中から飛び出し、再び元気いっぱいに走り始めた。

2009年01月22日

娘が9ヶ月になった

娘の晴子が今月17日で9ヶ月になった。半年過ぎから人見知りが始まって少し落ち着いてきた感があるけどまだまだ知らない人に会うと泣き出す。娘の持つパーソナルゾーンに足を踏み入れると顔を歪め、下唇を突き出して「びぃぃぇええ...」と泣き出す。まだ寝返りもうてないくせに「はいはい」をマスターするという少し変わった成長過程。

そこいらにあるものを片っ端から口に含んで遊ぶ。無造作におもちゃを「ぐわし」と小さな吸盤のようにしっとりした手で掴んで、掴んだものを「ちらっ」と見ることさえせずにおもむろに口に放り込む。そういう仕草全てがギャグに見える。時折こいつはおれを笑わそうとわざとこんな動きをしてるんじゃないかと思うくらい。

なんてか弱い生き物だろうと思う。他の動物ならもう自分で獲物を捕ったり出来そうなのに、人間の赤ん坊は1年経っても生きていくための活動は何も出来ない。これは野生じゃ生き残れないだろJK。だから余計に愛しく感じるのかもしれないな。

ほんの9ヶ月前には居なかった存在の娘が、今ではあたりまえのように家にいる。おそらく自分が死ぬまで付き合うことになるだろう。家を仕事場にしているため、娘の世話に多くの時間を割いている。でもその時間を無駄と思ったことはない。いつのまにか「娘と過ごす時間が無駄だとすれば、この世の他のどんな時間に意味があるんだろう」と思うくらいの存在になっていた。

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